C'est ma vie. シンプリスト凪

R45、凪の、暮らしと心のシンプルライフガイド。

一生ものは要らない。一生モノなんて幻想に過ぎない。

 

好きなモノを、とことん選ぶという記事を続けていますが、

好きなモノ=いいモノと決めつけなくてもいいと思っています。

 

一生ものをじっくり選んで、

大切に生涯使おうという話をよく聞きますが、

私はその手の話には、どこか違和感を感じます。

 

二十歳そこそこの頃、一生ものという言葉に憧れていました。
経済力も審美眼もまだ無く、自分の好みもコロコロと移り変わり、
個性的で居たいと思いつつ、
結局は人と同じことをしていればなんとなく安全安心だったあの頃。


ananみたいな、

ちょっと大人の匂いのする雑誌には必ず書かれていた「一生もの」という言葉。
洋服だったり靴だったり時計だったり、バッグだったり。
奮発した家具だったり。
究極言えば、家もそう。

「一生もの」を少しずつ増やしていくことが、
素敵な人生なんだと信じて、

働く事のモチベーションにしていました。


時は過ぎ・・・40になる頃には、

憧れだったモノもだいたい手に入ったけれど、
結局のところ、飽きてしまいました。

若い時ほどでもないですが、好みも移り変わります。

好みが、気まぐれや流行に流され変わるというより、
年齢が自然とそうさせます。

あんなに憧れたモノも、

どういう訳か、色褪せる、
モノに付随するステイタスへの執着がどんどんなくなっていくのです。

世間が、「一生もの」よ、「手に入れるべきもの」よと、

盛んに誘惑していても、

もう全く賛成出来ないのです。

誰かの唱えたセオリーや基準は、自分の本望ではない事に気付いたのですね。

 

物質は、遅かれ早かれ朽ちていきます。

最新の機能や素材も、次々と更新されて、

最新がすぐ型落ちになってしまう現代です。

 

洋服などは、体型が変わり、顔も老けて、

似合っていたものが、ある日突然全く似合わなくなっている事に気付いたりもします。

無常です。

 

今、私の手元にあるモノは、

大好きだし大切にしているけれど、

寿命が来たら軽やかにさようならが出来ると思います。

世間で言う、いわゆる一生ものは、

シンプルに生きる私には不要です。

 


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