C'est ma vie. シンプリスト凪

R45、凪の、暮らしと心のシンプルライフガイド。

モノを捨てる、手放すと幸せになるは本当だった。片付け続けた10年は自分の心との対話。

 

 過去10年、家と持ち物を片付け続けてきました。

 

それ以前、私の持ち物はさほど多くなく、

家のモノの多さで困ることはありませんでした。

問題点と言えば、季節ごとに買い足すファッションアイテムくらいで、

それも、飽きっぽい私は、わりとすぐ処分出来てたと思います。

 

そんな流れが大きく変わったのは、

やはり子供が生まれたことでした。

子育てに使うモノは子供の月齢によって様々だけど、

使用期間も短いモノも多いのに、

周囲に頼れる人が全くいない状況で子育てをしていたので、

毎日子供と向き合うのに精一杯で、

使用期間を過ぎたモノの処分まで手が回らなかった。

手間をなるべく省くために、便利なモノに頼ることもした。

子供に泣き叫ばれるくらいなら、いつもご機嫌でいてくれた方が自分も楽だから、

たくさんモノを買い続け・・・。

 

気が付けば、

史上最大のモノに溢れた部屋になっていました。

もともと片付けは嫌いじゃないのに。

その有様は私のストレスの根源となっていました。

 

卵が先か鶏が先かみたいな話なんですが、

生活のストレスが部屋を荒らしていくのか、

はたまたその逆か・・・。

いずれにしても、あの頃の部屋は、

煮詰まった私の胸の内を具現化していたんだと今は分かります。

 

あの頃の私は、誰かと比べて自分は、

なにひとつ成し遂げていない人生だと自分を卑下していたように、

今になって思います。

 

f:id:cestmavie:20160226095531j:plain

 

子供の頃から、節目には成績や進学で評価されてきた私たち。

仕事でもキャリアを続けていれば、

昇格や昇給など、自分の成し遂げた結果が社会的にも示される。

いつしか外的評価でしか自分の価値を実感出来ない大人になっていく。

けれど、結婚や子育てでそういう道から外れると、

社会的な評価は全く下されなくなる。

 

女性は、この外的評価を失ってから、迷走をする人が増えますね。

夫の社会的地位だったり、

子供の学力だったり、

身に付けている服飾品だったりという、

自分じゃない部分でマウンティングを始めてしまう。

この疑似評価では、いつまで経っても満たされません。

本当の自分を認めること以外、満たされる道はない。

 

素の自分を、情けなさ、弱さも含めて認め、

遠い理想ばかりを追っていた自分にストップをかける。

地に足をつけて今日の命と時間に感謝する。

今ここに居る家族、友人、

健全な心と健康な体、

それこそが、まぎれもなく胸を張れる財産であり、

それを成し得た自分に気付くと、

その瞬間から人生は幸せな充実感で満たされていきます。

 

片付けは心のゴミを取り除いていく作業。

10年も現実世界の片付けを続けて、

部屋が片付いていくと、

それに伴って心も穏やかに、

整ってくることを身をもって知ることが出来ました。

 

自分で集めておきながら不用品となっていくモノと向き合うことで、

誰かに、誰かより、よく見られたいというようなくだらないプライドだったり、

こうでなければいけないという頭の固さだったり、

何かに焦るようにあれこれ手を出してしまう行動だったり、

文章にしたら書ききれないのですが、

それまでの人生で自分を生きづらくしていた物事の考え方が、

より自由で柔軟なものへと変わっていきました。

 

部屋のモノが減っていくとともに、

心は満たされていく不思議。

片付けで到達するゴールは、この精神的な幸福感だと思います。

 

 凪

 


にほんブログ村

関連記事

cestmavie.hateblo.jp

 

cestmavie.hateblo.jp