C'est ma vie. シンプリスト凪

R45、凪の、暮らしと心のシンプルライフガイド。

若い人のミニマリスト化を憂慮する。

 

このブログを始めてすぐ、ミニマリストのブーム化に物申すという記事を書いたわ。

去年はホント、ミニマリスト元年とでも言うべきか、

流行語大賞にもノミネートされたほど、ミニマリストが大衆に周知された年だったわね。

ただ、周知もされたけど、叩かれた年でもあったと思うわ。

それまで、誰の理解も求めずに、ひっそりと存在していたミニマリストの方々が、

ブームに乗せられて主役に奉られちゃったもんだから、

いわゆる普通の生活をしている人たちからは、

病気だとか変人だとか、偏屈だとかただの貧乏だとか、

言いたい放題言われまくっちゃったわよね。

 

今までミニマリストという呼び方やカテゴリーが無かっただけで、

去年のブームのずっと前から、そういう人は一定数居た。

ミニマムな暮らしを始めたきっかけは、

普通の人が言う、病気でも貧乏でもなく、

自分の満たされない心をモノで埋めるのをやめた結果、

持ち物がどんどん減っていった人が多くて、

生まれついてのミニマリストっていう人は居ないんじゃないかしら。

(居るかもしれないけれど私は知らない。)

 

かつては、

普通の人と同じように、働き、

そのお金でオシャレや外食、旅行も楽しみ、

買い物も楽しんでいた人がほとんどだと思うわ。

社会人になって初めてのお給料をもらった時のときめきのように、

働いて、消費して、また働くというサイクルに、

疑問を持つどころか、楽しめていたと思うの。

それがいつしか、消費のために働くという、順序の逆転が起こり、

そのサイクルはどんどんどんどん加速していく。

そして、どんなに買っても埋まらない渇望感に、

また必死で仕事へ行ってという、欲望の奴隷となっていく。

 

もがいて、苦しんで、そのサイクルを断ち切った人だけが、

真のミニマリズムに気が付けると思うのね。

 

自分の中の葛藤、そのステップを踏まないでミニマリストを目指しても、

たぶん、反動がくると思うの。

 

 

凪おばさんは、

二十歳そこそこの、若いかたのミニマリスト化には、少し反対なの。

 

「まだ東京で消耗して」もいないのに、

誰かの掛け声で仕事辞めちゃって移住なんて、待って。

/

 

どこに住もうが、仕事辞めようが続けようが、

モノを溜め込もうが捨てようが、

自分をちゃんと持っていなけりゃ、同じよ。

 

たくさんの経験やモノや人や社会との関わりの中で、

人間は様々な事に気が付いていくものだから、

ミニマリストになるのも、もっと揉まれてからでも遅くはないよって思うの。

 

ミニマリストとして騒がれている誰かの気付きに乗っかるんじゃなく、

自分の中で、もがいてもがいて気付くことが大切で、

そうして出た答えは、ミニマムだろうがマキシマムだろうが、揺るがない自信となっていくのよ。

 

何も手にしないうちから、

何も体感しないうちから、

何とも格闘しないうちから、モノや経験と距離を置いてしまうのは、

色々な出会いや、気付きに触れるチャンスをみすみす逃すようなもの。

もったいないよ。

本、音楽、旅、憧れの品、恋、仕事、資格や技能への挑戦、

どれも全くの無駄になんて、ならないよ。

やっちゃえ、若者。

 

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木は、枝分かれを繰り返して大木になるのよ。

 

説教臭くなってきたから、おしまい。

 


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