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C'est ma vie. シンプリスト凪

R45、凪の、暮らしと心のシンプルライフガイド。

今日の日を感謝して生きる。

 

東日本大震災から、今日で5年です。

あの日、地震で命を奪われた方々のご冥福を、

心よりお祈り申し上げます。

大切な人を、家を、町やふるさとを失った方々に、

心よりお見舞い申し上げます。

 

今なお、地震関連で生活が混乱している方々も多い中、

私はささやかながら「普通」に生きていられる事に、

感謝を忘れてはいけないと改めて思います。

 

あの日、高層ビルの20階の会社で仕事中でした。

当然ながら業務は中断、

携帯や有線電話で家に電話を試みる人たち。

私も、当時小3の息子の安否を確かめるため、

何度も何度も電話を試みましたが、つながりませんでした。

 

社内は直後の混乱のあと、

テレビやネットから、東北の状況がだんだんと分かってきました。

これは大変な事になったと、誰もが言葉を失っていました。

指揮系統も乱れており、2時間くらい経ってようやく退社を許されました。

 

ビルの下まで階段で下りると、

ターミナル駅に近くショッピングモールになっている会社近辺は、

電車が止まった影響で、買い物客と通勤客が溢れていました。

 

私は車で通勤していたのですが、

幸い車をパーキングから出せたので、

急いで帰路につきました。

 

その時はまだ信号も灯っていて、

渋滞もひどくない頃で、

その後、停電と電車の停止で、車が深夜まで大渋滞する前に帰宅できたことは幸運でした。

 

息子は無事で、

犬とともに、お隣に住む優しいご夫婦の家で保護されていました。

 

家の中は、固定していなかった背の高い家具は全て部屋の中心に向かって倒れていて、

その下に置いていた熱帯魚の水槽は割れて、水浸しになっていました。

地震の瞬間あの部屋に居たら、

間違いなく本棚の下敷きになっていたでしょう。

 

関東はその後、

スーパーやコンビニから商品が消え、

ガソリンも売り切れ、

計画停電で不便な日が続きましたが、

被災地の方々の比ではなく、弱音を吐いている余地はなかったです。

 

あの地震から始まった日々は、

私にたくさんの気付きや反省をもたらしました。

 

災害は本当に起こりうるということ、

当たり前の日常生活を送れる事への感謝、

いつでも子供の近くに居る必要性、

正社員を帰し、契約社員派遣社員を残して仕事させた会社のクズさ、

お隣さんをはじめとして、周りの人の温かさ、

お金があってもどうしようもない事があること、

そして何より、

命があり、家族が揃う事の尊さ。

 

私が震災を通じて学んだ事は、

今、シンプルに生きる事と大きくつながっています。

 

その後、

どんな時も子供と一緒に居られる生活を選び、

心身ともに健康でいることを大切にし、

家の中を安全に整え、

クズな会社は辞め、

お金のかからないライフスタイルへと舵を切りました。

 

亡くなった方々の無念を思えば、

時間や命を粗末にしない生き方をしなければならないと思っています。

困った時に助けて頂いた善意をリレーをしたい、

誰かのお役に少しでも立てるような、行動をしなければならないとも思います。

 

私に出来ることは小さいですが、

何もしないゼロより、小さなイチ、

やるんだと、決意を強くする一日です。

 


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