C'est ma vie. シンプリスト凪

R45、凪の、暮らしと心のシンプルライフガイド。

一番捨てるべきは、「執着心」だなぁ~。

 

クロワッサンの捨てる特集、読みました。

 

元々、収納庫がとても充実しているお宅を片付けていたり

(モノを減らしさえすれば片付くよ、そりゃ)

成熟され金銭的にも余裕のありそうなご夫婦二人暮らしが紹介されていたり

(ガッチャガチャの子供が同居していないだけでも違うよね)しました。

カッコの中は私の心の声です。

 

それでも読み応えありました。面白かった。

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雑誌やブログなどでよそ様のインテリア、整理収納を拝見しているとよく思うのが、

この人と私、またはこの家と我が家は違うからな~っていう諦めにも似た気持ち。

 

住まいにしても家族構成にしても、

自分と境遇が違うと、素敵、いいね~とは思っても、

自分の暮らしに落とし込めない部分はどうしてもありますよね。

 

私が社会人になって初めて借りた築30年越えのおんぼろアパートでは、

どうしたって雑誌に載るような見栄えのいい暮らしは出来なかったです。

そう考えると、今、小さいながら必要十分な家に住んでいられることはとても恵まれているし、

このベースを生かした、我が家なりの暮らしをすればいいだけなんだと思います。

誰かは誰か、私は私です。

 

そんな事を想いながらふと頭に浮かんだのが、今日のブログのタイトルです。

部屋が散らかっている時は、人生もとっ散らかっている、

部屋と心の状態がリンクしている事は、私の半生でも実感しています。

そういう時って、モノに「夢」や「見栄」や「なりたい自分」を投影しちゃってる。

これを捨てるとそういう「正体なきキラキラしたもの」から縁遠くなってしまうような不安にかられ、

結局、モノ自体も、こんがらがった人生設計もシンプルに整理出来ないんです。

これは未来不安型執着。

代表的なモノとして、資格や語学の教材、女子力高く見せられるキッチン用品、

ステイタス感ある服飾品なんかが思いつきます。

 

私はもうしっかり中年で、未来不安型執着には、だいぶ悩まされなくなりました。

でも過去不安型執着があるのです・・・。

 

想い出のあるもの、お気に入りだった服や家財、大切な人にもらったモノ、

そういう過去の想いが乗っかったモノを手放すのが苦手です。

苦渋の決断を繰り返しながら、それでもかなり減らしてはきていますが、

この「執着心」を最初に、まず一番に捨てられたら、

この先の人生、どんなに軽やかになるだろうかって思いました。

 

たとえモノが無くなっても、思い出を記憶しておけばいいんだよね。

歳とともに忘れっぽくなってきた不安もあるのかな(^^;

不安は執着を生んじゃうね。

どうしたらいいか、明確な答えはないけれど、

道は、自分自身と日々向き合い続ける事しかないかな~って思います。

 

心身ともに健康に生きる事、愛する人のために何かしたいという気持ち、

それくらいの欲だけ持って生きていけたらいいな~。

 


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