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C'est ma vie. シンプリスト凪

R45、凪の、暮らしと心のシンプルライフガイド。

ミニマリストの親が子供をミニマリズムに巻き込んで育ててはいけない理由。

 

持ち物について、

多過ぎずでも少な過ぎずでもない、

過不足ない暮らしを意識しています。

モノと向き合う時、私が一番忘れないようにしている事は、

自分本位な取捨選択をしない事です。

ミニマムな暮らしを好む私だけでなく、家族やゲストにとっても、

暮らしが不便でない事、快適である事も重視しています。

 

とりわけ子供には、たくさんの選択肢から選ばせてあげたいし、

モノを通じて得る経験や感動や喜びも必要だと思っているので、

子供をミニマリズムに巻き込むことはしてきませんでした。

何から何まで素晴らしい事のように唱えられているミニマリズムですが、

若い人や特に子供には、害もあると思っています。

 

甘いモノやお菓子、ジャンクフードを食べさせていない家庭の子が、

友達の家やなんかで、口にしたことも無い未知の食べ物ををむさぼるように食べていたという話を時々聞きます。

ゲームを禁止されていたり、ゲーム機自体を家庭の方針で買ってもらえない子も同じです。

ゲームをやれる家に行くと、ずっとゲームから離れない。

要するに、「飢えてる」んですよね。

普段から禁止されていない子は、がっつく必要が無いからそんな事態にはなりません。

 

ゲームを遠ざけたり、ジャンクな食べ物を食べさせない親は世の中では意識が高いとされ、

素晴らしい親のように言われることもあります。

でも、そうとも言えない側面もあります。

あまりにも俗世からかけ離れた経験の乏しさは、

単に子供が渇望感を募らせるだけです。

残念ながら、親の高い意識は伝わっていない事が多いんですよね。

伝わっているならば、他人の家でがっつくなんて事にはなりませんから。

経験の乏しさと同じことが、モノの少なさでも起こり得ます。

 

子供にモノをたくさん与える事に反対する声はよく聞きます。

ワガママに、我慢出来ない子になると。

息子には幼い頃から、割と何でもマキシマムに与えてきましたが、

息子自身もそのうちに、自然と自分に合ったモノを、

それも「適量を」選んでいくようになりました。

それは、「ある」からこそ選択出来たのであって、

「ない」ところからは好きも嫌いも選びようもなく、

自分に合う合わないも分かるようにはならなかったと思います。

誕生日などに欲しいモノはないか?と尋ねても、

「今は無いから何も要らない、欲しいモノが出てきたらでいい。」と言う息子。

息子の物欲は健全に育成されていると思います。

 

人間関係で悩むツラい体験も、楽しい経験も。

自分で体験したからこそ血となり肉となり、骨太な大人へと成長していくのです。

誰とも交わらせないで幼子を育てる親はいないでしょう?

社会性を育てなきゃと、小さなうちから公園や児童館へ連れて行くのでしょう?

 

経験だけでなくモノも同じ。

触れたり抱きしめたり、時に壊したりしながら、想像して実感して、

体、脳、感情、五感、全てを使ってモノから学んでいるのが子供なのです。

大人みたいに見栄やステイタスでモノを持つわけではないのです。

子供にはたくさん与えたっていいと思います。

(もちろんモノを与えただけではだめですけれど。)

若いお母さんが「ミニマリストを目指しています。」なんてブログなどに書いているのに遭遇すると、

子供には人並みに与えてあげてと、心の中で願ってしまいます。

 

何も無い家で育った子供は、

成長して自分でお金を稼げるようになった時、

親から伝えられたミニマリズムを果たして継承するでしょうか?

押し殺してきた渇望感が爆発して、リバウンドした人生を送らないでしょうか?

ミニマリズムが日本に登場してまだわずか数年。

子供時代をミニマリズム家庭で過ごしたという大人が育っていないので、

ミニマリズムが子供に与える影響の答えはもっと先になるでしょう。

でも実は、既に似たようなケースの結果は出ています。

貧しかった時代に育った親世代が、

物を捨てられず、モノに縛られて生きているのを見るにつけ、

ミニマリズムで育ってゆく子供の未来は、そうなるような気がしてなりません。

 

凪 

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